年末年始のサッカー雑感

 年が明けてチームも始動しているようだが、望月選手退団のリリースのみ。毎年こんなペースなので今年も気長に待つとしよう。
 年末年始はなんやかんやであまりサッカーを観れなかった。テレビで高校サッカーを2試合ほど観たのみ。放送されていた試合がたまたまそうだったのかもしれないが、技術に加えて球際の寄せの速さ、激しさもアップしていた、と感じた。この年代のベースは確実にアップしているのは間違いないと思う。
 ハイレベルなサッカーに触れる機会が少なかった一方で、低学年のサッカー大会を2日ほどまるまる観る機会があった。フットサルサイズのコートで7対7、交代など自由という形式が標準的なものなのかどうかは分からなかったが、いろいろなチームを眺めていて楽しかった。
 コートが小さいのと低学年なのでどうしても団子サッカーになりがちだが、その中でもボールを足裏でコントロールしてキープ、突破できる子はいるし、周りをみてパスを出せる上手な子もいた。狙いすましたフリーキックを決めた子もいたし、大人顔負けのきれいなセービングを披露したGKもいた。自分が近所でたまに見ている範囲だけれども、近年の少年サッカーはどのチームもドリブル指導を重視している印象がある。指導者にもよるのだろうけれど、ドリブルの種類としては宇佐美選手なんかがやるような「ボールをなめる」系統のものが多いように思うし、この2日でもそうだった。
 試合で「ドリブルでいくな、空いてるとこにパスしろ」というような指導者の方もいたが「ドリブル推奨派」のほうがやはり多かった。こういったドリブルで突破できるのは、やはり運動神経のよさそうな、やんちゃそうな、足の速そうな子がほとんどで「うまいなー」と感心するとともに「みんな似ているな」(決して悪い意味ではなく)とも感じる。
 そういった子が卓抜なプレーで目立つ中で、たぶん苦手だったのだろうドリブルはほとんどしないのだけれど、存在感を放っている子がいた。結構なぽっちゃり体型で足が速いわけでもなく、プレー中の自己主張も控えめな「大人しい子」だった。ただ、「蹴るボールの質」「見ているところ」は明らかに異彩を放っていて、この年代では珍しくぴったりのサイドチェンジ、後ろから出すロングパスをほとんど決めていた。「こんな子もいるんだなー」とほほえましく見ていたら、驚いたことに、一度だけ最前線に顔を出してボールを受けた時、DFがすぐに詰めていたにも関わらず、GKの位置をよく見てロングループシュートをあっさり決めていた。相当難易度の高いプレーにもはしゃぐでなく、仲間の祝福に照れていたところがまたほほえましかった。
 この子のプレーがもちろん素晴らしかったのだけれど、試合を見ていてそれと同等に、このチームの指導者も褒められるべきだな、と思った。ほかのプレーヤーにもそうだったが「パスをしろ」とも、「もっとドリブルで行け」とも言わず、成功したプレーはほめ、失敗したプレーは咎めず、適切な助言を送っていた。流行りのプレーに流されるのではなく、一人一人の子をしっかりみて、楽しく、自分の良さがでるプレーができるように温かく構えてらっしゃる印象を受けた。
 低学年相手に怒声を飛ばすことしかしない指導者は論外としても、「育成年代ではまずドリブル」(間違いではないにしろ)と、ついつい型にはめがちなことろで、そうではないプレーをここまで伸ばす、というのは相当に懐の広さが求められるのではないか。「上達させてあげたい」というのは指導者の本能だしそれでいいのだが、個々のよさ、楽しさを生かしながら伸ばす、というのはいうほど簡単ではない。
 いろんなチームのコーチングなどを拝見できたが、改めて子ども相手の指導は、ある意味で大人相手以上に大変な仕事だと痛感したし、現場は本当にいろいろな模索をしている。メディアでは「育成に問題がある」と大上段に構える評論家も多く、以前はそうだな、とも思っていたが、こういった場に足を運ぶようになって本当に現場をみているのかな、と疑問に感じ始めている。問題提起は必要であるが、現場で子供たちに向き合って試行錯誤している指導者を支えていく評論も不可欠であろう、と感じた年末年始であった。
 

サッカー観

 なかなかすっきり、とはいかないW杯最終予選。一部メディアでは監督の資質に関する疑義、解任話まで出るようになった。うまくいかないときにそういう話が出るのは当たり前であり、常に疑問をつけるのはメディアの一定の役割だと思うのでそれ自体は構わないし、個人的にはハリル監督のサッカーは特にいいとも悪いとも思わない。
  ただ、最近の議論ではハリル監督に批判的なメディアなり識者の「サッカー観」が少し気になる。端的に言えば先日の豪州戦への評価なのだが「勝てた試合を落とした」「引いて守ってばかりだった」という批判が見受けられる。指摘自体は別に間違いではない。引いて守っていたのは事実だし、勝ちかけていた試合だった。疑問があるのは「引き分けではそんなにダメなの?」「引いて守っちゃダメなの?」という点だ。まず、メディアや識者が試合前のプレビューで「攻撃的に勝てる試合だ」としていたならともかく、「日本の力は落ちている。何としても最低勝ち点1を」という論調が大半だったように思う。アウエー豪州での勝ち点獲得自体久方ぶりだったはず。勝つほうがいいに決まってはいるが、「最低限の結果」というのは、これを下回らなければ一応はオッケーのはずなのに引き分け、という結果への批判はおかしく感じる。
  また「引いて守った」「攻撃的でなかった」という批判にも首をかしげる。それこそメディアや識者がブラジルW杯後に「ポゼッション、攻撃指向にこだわる『自分たちのサッカー』で失敗した」「相手に合わせた堅固な守備からカウンターのサッカーもできないと」と大合唱したばかりではないか。豪州とのかみ合わせもあったが、見ている限り、両ウイングも下がり目で2列のブロックを敷いて守るしたたかなやり方が見事にはまっていたし、そこからの速攻で実際に得点もしている。セットプレーはともかく豪州に崩されたり、放り込まれてのピンチは皆無と言ってよかった。終盤は勝てそうな雰囲気もあっただけに、攻撃的な選手交代も、とも思ったが「リスクを負って勝ち点を失うなら引き分けで良し」とする采配はよく伝わってきた。
 
  「最低限の結果」なのでハリル監督を絶賛する必要はないだろうが、かといって「采配に疑問」とか「解任」という文字が躍るのはなんでかな、と考えていたが、そういう記事を流すメディアや識者は「日本代表は攻撃的でどんな試合展開でも勝利を目指すサッカーをするべき」という前提というかサッカー観が強固にあるんだろうな、と感じるようになった。
  別にこれはこれで悪いことだとは思わない。ただ現実的かというと「?」だし、ブラジルW杯後も「日本はポゼッション、攻撃サッカーでいくべし」と論陣を張るべきだろうし、「ザックジャパンは間違ってなかった」とするべきなのではないか。
  こういった一貫性に欠ける機会主義的な論調はどうなのかな、と思うが、それよりもさらに深刻だな、と感じるのは「『守備的』への批判=常に攻撃的に試合を進めなければ=すべての時間帯で点を取れるように優位に試合を進めるべき」というサッカー観だ。もちろんこういうサッカーができたら理想的なので、そこを目指すのも間違いではないだろうが、日本にワールドクラスの選手が全ポジションに複数そろわないとなかなか現実味はない。相手も、それなりの水準の選手たちが日本に勝つなり点を取られまいと一生懸命やってるわけで、すべての時間帯でうまくいく、なんてことがあるわけもない。うまくいかないときは我慢してしのぐしかないし、リードしてるなら相手をいなしてボールをだらだら回したり、大きく蹴っていなすのも有効だ。先制されたら「早く追いつきたい」のは確かだが、前がかりになって追加点を取られる恐れだってある。なら時間帯によっては我慢して終盤にラッシュをかける、という手だってなくはない。豪州戦だって勝利を希求して攻撃的な選手を入れた結果、勝ち点を失ってしまった可能性だってなくはないのだ。
  「常に攻撃的であれ」というサッカーは魅力的だし、できるならそうしてほしいとも思う。ただ、そればかり追求していると、代表ができる「サッカーの幅」が狭くなってしまう。「常に攻撃的」なサッカーがうまくいかなかったときの引き出しがなくなってしまうと思うのだ。それが日本サッカーにとってよいのかどうか。「自分たちの好きなサッカー観」を押し付けることがいい結果を招くのかどうか、一度考えてほしいところだ。

原口元気選手

 昨日のイラク戦でも活躍してくれて、代表中核の位置も見えてきた。プレスバックのために駆け戻ってボール奪取に関与して、そこから休まず駆け上がってゴール前、しかもニアポジションに顔を出す献身性と運動量、高い意識が生み出したゴールといってよく、一連の流れは、ユース選手に見せてお手本にしてもいいくらいのものだと思う。その後も守備面では左サイドに蓋をし続け、攻撃面では好クロスやドリブルからのFK獲得など、原口選手らしさを出して躍動し続けてくれたと思う。
 原口選手の大ファンではあるが、組み立てへの参加なんかはあまり上手ではないな、とみているので左サイドからの仕掛けをチーム全体で有効に使えるように、原口選手もそのための動きをよりスムーズにできるようになるとかなりの武器になってくるはずだ。

 ロンドン五輪に出られなかったが、見渡せば同世代の五輪出場組で確固たる地位を築いているのは清武選手、両酒井くらいか。酒井高選手にしても五輪では重用されたとは言い難い。五輪信奉の強い日本では割をくっている感はあるが、注目され始めたのは今後の下の世代にとってもよいことだと思う。最近は海外組の不振もあってか「斎藤選手を呼べ」との声が結構あり、理解はできるが、ロンドン、ブラジルと斎藤選手と比較されて落選した、と感じているファンの立場からすると「まず海外で結果だしてからね」と思う。Jでの結果なら、ロンドン、ブラジル時も原口選手が上回っていたわけだし。

 原口選手びいきではあるが、出番が増えてきたのはハリル監督の指向するサッカーだから、という面も確かにあると思う。最近やっとわかりかけてきたような気がするが、縦に早くボールを出して「あとは2、3人、多くても4人くらいで手数かけずにシュートまで持ち込もう」というのがハリル監督のやろうとしていることだ。引いて守ってのカウンターとも、ボール保持からの崩しとも違い、一時期のドルトムントのサッカーとも異なる。うまく表現はできないが「中堅国のいいサッカー」なのだと感じる。割に当たり前のサッカーだとも思うが、振り返ると代表でこういうサッカーをやっていた時期はほとんどなかったように思う。ザック監督が一時期やろうとしていたけれど、いつの間にかなくなってしまったし。こういうサッカーだと、チャンス自体が増大するというわけではないので、アジア相手に大量点というわけにもいかない。ただ個人への比重をすこし重くしていく「中堅国の当たり前」のサッカーも身に着けておかないと、いつまでも「ポゼッションがカウンターか」の不毛な議論を繰り返すことになってしまうので、苦しい局面を迎えているのは確かだが、必要なことなのだと思うようになった。

日本代表と育成と

  ひさびさにMIOを少し離れて。

  ヘルタの原口選手好きなので代表の試合もみるが、最終予選2試合を終えて一勝一敗という結果なので、メディアで目にする「危機感」は20年以上前にサッカーを見始めてから初めてかも、というくらいすさまじいものがある。仏W杯予選でも当然危機感報道はなされていたが、代表の力との相対関係でいうと、やはり今回が最大級のものではないか、と感じる。
  わからないではないし、こういう報道があるほうが健全ではある。それでも、時としてちょっとやり過ぎかな、とも思う。例えば「UAEが普通に強かった」という評がある。もちろん弱くはなかったし、日本のつまらないミスがあった。しかし、あの試合の日本とUAEの祖試合内容を取り換えて日本が勝ったのなら、メディアは日本を評価するだろうか?「相手に助けられた運の勝利」「内容では圧倒されていた」というのがせいぜいだと思う。タイ戦では「ゲームコントロールが拙かった」という評論を見た。その通りだと思う。リードしてるんだから、後ろでタラタラ回して時間使って、相手がじれて来たら得点を狙えばいい、と思う。しかし、そうしていたら「得点してからペースが落ちた」と評してきたのが、専門誌も含めてこれまでの日本のメディアだ。長年にわたって、これどう考えてもただのTMだろう、という程度の親善試合にもことあるごとに細かい注文をつけているのだから。選手もチームも「すべての時間帯で点を取れる試合をしないと批判される」という意識が刷り込まれてもおかしくはない。
  高い要求を突きつけるのは大事だけれど、スコア差=実力差ではないのだし、そのあたり特に専門誌やちゃんとしたライターさんがうまく伝えてほしい。見聞する限りでは、「指摘するべきところは指摘し、見極めることろは見極める」点で、日経新聞が一番バランスの取れた評論になっていると感じる。

  同時に湧き上がってくるのが「育成」問題。これも20年以上前からいろんな切り口から語られているテーマで、常に大きな命題としているのは日本サッカーのいいところだ。しかし、こちらも代表の不調と合わせて「失敗」だの「危機」といったヒステリックなワードが目立ってきたように感じる。こちらに関しては、大きな方針はともかくとして、いいすぎることで現場の指導者に対して失礼だったり、的外れな指摘になって、現場の意欲をそがないかな、という心配がある。この場合の育成は、小学校から高校年代を指すのだろうが、この年代は多感な頃でもあり、「一つのことを集中して聞いてもらう」「わかるようにしっかり伝える」だけでどれだけの根気、労力を必要とするのか、学校の先生なり、塾講師の経験者なり、保護者なりだとすぐにわかることだと思う。意識の高いサッカーエリートの子供たちだって、サッカー以外のいろんなことに関心があって、遊びたいのは当たり前。みんながみんな、海外や代表を目指しているとも限らない。そういう子を相手に「個の力で戦える」「戦術理解度を上げる」といった、ともすれば漠然とした大きな方針を、コーチングなり、練習メニューなりで具体的に現場に落とし込んで、意欲をもって継続させていくことがどれほど大変なのか、もう少し想像力を働かせたほうがよい。
  「サッカー批評」を読んでいたら、高校の指導者の方が「小中学生年代の指導者にもっと光を」という旨のことを言っておられた。現場をよく知っておられる人の発信だけに重みがあるし、「育成問題」を指摘しておけば、なにか鋭い切り口の特集ができたような気になっているサッカーメディアはよく考えてほしい。

リオ五輪代表

  遅まきながらリオ代表について。ひいきの関根選手が外れてしまって残念でしかたがないが、セレクトは監督さんの専権事項なので仕方がないし、関根選手個人に力がなくて外れた、というわけではないと思っている。五輪選外でもA代表に入っている選手はいるし、五輪選出がピーク、という選手もいる。ただ、ロンドン時の原口選手と合わせ、レッズのアタッカーは縁がないなあ、と、やや恨めしい気分にもなる。選ばれるかどうかはさておいて、もう少しチャンスを与えるなり、関根選手を生かすやり方の模索があってほしかったなあ、とファンとしては思ってしまうところだ。
  そもそも「Jで試合にでられない選手は呼ばない」はずだったと思うのだが、昨年からJ1上位でレギュラーを張っている選手がここまで冷遇されるケースもあまりないように思う。「スタミナが」「守備が」と言われることもあるが、今年もたいていの国のU-23以上であろう広州やソウル相手にしっかりやりあっているし、これらの試合にスタメンで出ていること自体、同世代では希少な経験を積んでいるあかしであろう。海外組を除けば、トップリーグにおけるアタッカー陣の実績で関根選手と比較できるのは浅野選手くらいではあるまいか。今季は今のところ昨季ほどの調子ではないのは確かだろうが、それでも試す価値は十分にあると思う。

 とつらつらファンの立場で書いてみたが、最終的にA代表入りする選手に育てば、五輪代表に入ろうが入るまいが、どうということもないのだし、目指しているのはA代表での活躍なのだろうから、レッズなり海外で成長していけばいい。
プロフィール

蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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