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報奨金に思う

 先日、東京マラソンで設楽選手が日本記録を更新し、報奨金1億円を獲得した。タイム競技に関しては、勝負よりも記録重視派なので設楽選手のタイムは相当な快挙と受け取っているし、閉塞が続く日本長距離界の突破口になってくれると思う。1億という額は、実業団連合が長らくの低迷を破るべく設定したそうで、役割を果たしたといえよう。
 金額に関してはネットなどでも色々と意見があった。「世界レベルのタイムでないのに高すぎ」「秒単位の細かい更新狙いが続いたらどうするのか」など、それぞれになるほどといえる。
 ただ、タイミングがいいのか悪いのか、東京マラソンがメダルラッシュにわいた冬季五輪閉会日と重なったため頻出したと思われる「メダリストの報奨金に比べ高すぎる」という意見には、まったく賛同できない。そもそもメダリストへの報奨金と設楽選手への報奨金は出所が違う。マラソンへの報奨金は金額はあくまで出す側である実業団連合が決めればいいことで「メダリストより低くしなければ」と考える義務など全くない。メダル報奨金はJOCのはずで、設定金額を高くしてほしければ「マラソン日本記録で1億なのだから、金メダルならもっとだして」とJOCにいうのが筋合いで、設楽選手がどうこう言われるのは(本人は気にしてないと思うが)気の毒で仕方ない。
 
 こういう無茶な比較がまかり通る背景には、何度か書いてきたがやはり「五輪至上・絶対主義」があると考える。競技種目問わず五輪のメダルがすべて、それに優越する価値はない、というようなものだ。もちろん五輪メダルの価値は大。どれだけ称揚されてもよいのだが、その際に「そうでないものを貶め」がちなのは見過ごせない。メダルの価値は認めつつも競技人口が世界的に多く競争率の激しい花形競技の入賞と、そうでない競技のメダルのどちらが価値があるのか。これは人によるが、自分はどちらかと言えば前者に傾く。
 さらに成果に対しての金銭支援は重要だが、そもそもその競技が自力で「稼げるようになる」こともまた不可欠だ。競技者の数が多く、人気も高いマラソンにはその土壌があって、冬スポーツはまだ薄い。スケートで日本電産の永守氏が4000万円という破格の報奨金を出したが、永守氏の厚意によるところが大で「土壌」とは言いがたい。
 その中でもスノボなどはXゲームで独自に稼げる土壌を生み出している。決して競技人口が多くないフィギュアも、選手の実力をベースにした上手なショーアップ精神でがっちりとファンをつかんでいる。
 冬季のメダリストに報いたければ、会場に足を運んでお金を落とす、人気を上げて、選手たちの待遇改善に繋げることこそ重要なはずで、他競技の収入に文句を付けることではないはずだ。
 メダルを取ったときにだけ「報いろ」の声を上げるのは、結局4年に1回のメダルでしかその競技や選手の価値を判断できていないのだ。日頃の土壌、「選手が過ごす日常」を大切にする文化こそが、結局はメダル輩出に繋がっていくのだと思う。そのことは、当の選手が一番よく分かっているのではないか。カーリングの選手たちの言動からは、その認識がうかがえる。他競技を貶めるひいきの引き倒しでは、選手も報われない。変わったほうがいいのは受け手の側だろう。
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蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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