水滸伝と北方水滸伝

 北方水滸伝、いわゆる「大水滸伝」シリーズは、岳飛伝の文庫版リリースが始まり、文庫派としても最終盤に向かいつつある。足掛け10何年になるのか、いよいよ岳飛、という盛り上がりとともに、もうすぐに終わってしまう一抹の寂しさもある。最初は違和感たっぷりだった楊令伝もなじめば面白く、岳飛伝にスムーズにつながった。極端に解釈を変えない限り、岳飛が非業の死を遂げるという結末は分かっているわけだが、それでも登場人物たちの個性あふれる生き方にひかれてしまうのは間違いないところだろう。

 中学生の頃に吉川水滸伝を読んで以来「水滸好き」は続いていて、ちくま文庫の水滸伝に加え、杉本版、柴練版も読んできた。それだけに、北方版の解釈は大きな驚きであった。百八星が一堂に会することはないし、宋禁軍はメチャ強い。招安がない代わりにCIAみたいな組織があり、蘆俊儀は武芸が全然できず、宋江はそこそこ腕が立つらしい。楊志はすぐに死んでしまって、王進師範はずっと登場する、など原典との相違は枚挙にいとまがないが「現代においての反乱のリアリティ」は確かにある。原典みたいに、連日牛の丸焼きで宴会してたら戦には勝てんだろうな、と思う。また、百八星の後ろのほうの、原典ではほとんど数合わせのような弱キャラにもしっかりと描写があり、弱キャラだけに共感を覚えるところも多いのも魅力だ。超人的な武芸を誇る豪傑たちの戦闘シーンとともに、兄の死体を見た曹正が怒りで頭に血をのぼらせ、それがあざとなって消えない、といった些細なエピソードが、自分にとっての北方水滸伝の魅力といえよう。

 ただ日本の作家が書いてきた従来の水滸伝以上に原典から変わっているので、これだけヒットして北方版を機に原典に入る人も多かろうと想像される中、原典のドン引き描写がどう受け取られるのか興味深いところでもある。黒旋風は明らかにヒーローというよりはただの殺人狂だし、彼に世話になった知事の息子さんを殺されてやむなく百八星入りする朱同の心理はなかなか理解するのが難しい。そのあたりは中国の「天命」観なのだろうが、そこが日本人にはとっつきにくかったり、だからこそ興味深かったりする。三国志はもう日本に定着しているといってもいいので、北方版が売れることで、水滸伝も三国志並みに定着してほしい。
 
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蹴球四十雀

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滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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