MIOを好きになったわけ①

 2006年当時、私は草津市民だった。サッカーは90年W杯くらいから見始め、サッカー専門誌は毎週買っていたし、レッズびいきでJリーグもぼちぼち見ていた。といっても西京極に何度か行った程度でほとんどがテレビ観戦。サンガにうまくはまらなかったため、スタジアムはちょっと遠い世界でもあった。
 ドイツW杯を控えたちょうどこのあたりの時期だったと思うが、とあるところで当時のチームスタッフの方に声をかけられた。「Mi―oびわこ草津(当時はこの表記)というチームがありまして、Jを目指して関西リーグを戦っています」。その方にJ、JFL、地域リーグのシステムや、昇格条件などを教えていただいた。選手たちは仕事をしながらも、地域に根差すべく、ゴミ拾いなどをしていることも教えてもらった。
 「是非、一度見に来てください」。聞けば、関西リーグで首位争いをしている、という。その方が好感の持てる方だったこともあり、いただいた日程告知のチラシに目を通した。
 
 初観戦がいつだったのかはうろ覚え。日差しが厳しかったので、たぶん5月下旬か6月だったと思う。場所もおそらく、ビッグレイクだったと思う。予備知識は、スタッフの方からいただいた選手名鑑の紙と、中尾さんが監督兼選手、ということだけ。対戦相手どころか、試合開始から見ていたのかどうかもあやふやだが、とにかく蒸し暑い中、1-0ぐらいで勝っていたように記憶している。とにかくよく走るな、という印象しかなくて、坊主頭の8番の選手が懸命に走っていたのと、CBをやっていた中尾さんが、ほんとうにしんどそうな表情で必死にラインを統率して、後半中ごろに「交代、オレ」で下がった姿だけが、鮮明といっていい。
 2度目は時期は忘れたが、これは結構覚えている、ビッグレイクでのパンディオンセ神戸(当時は神戸だったなあ)との優勝がかかっていたかなんかのゲーム。MIOが2位、バンディが首位だったはず。関西リーグはこの2チームが抜けていて、直接対決が1位と2位を決めるような展開だった。このころにはネットで事前に知識を得たりして、バンディにアトランタ五輪代表の森岡さんをはじめ、有力な選手がいることを知っていた。試合は、MIOが必死で攻守に走り回るも、組織力、個人の力で少しだけ上回っていたバンディが完勝。バスかなんかで200人近いサポーターさんが兵庫から来ていて、選手たちとピッチで記念写真を撮って喜びを爆発させていたの見て「地域リーグなのに、すごいサポーターさんの数だなあ」と感心するやら、圧倒されるような気分でもあった。
 ちなみに、1度目も2度目も周囲の客席の人は覚えていない。選手の職場の方がいらっしゃったのかな。優勝はならなかったが、この年は2位でも地域決勝に出場できたはずで、ネットやスタッフの方からの情報で、FC岐阜には負けたが、静岡の強豪チームに勝つなどして、それなりのインパクトを与えたことを知った。

 2年目。2007年には、私はもう、草津市民でなくなっていた。中尾さんが監督専任となり、内林選手や浦島選手が入ってきた。桝田選手もこの時に加入でなかったかな。2年目も見たのは3回くらい。「県内では乾選手に次ぐアタッカー」との評があった浦島選手に注目し、「福西選手みたいだな」と感じたのを覚えているし、当時の主将の右SB根岸さんの絶妙クロスも記憶にある。またもや最終戦あたりでバンディと対戦、またもや敗れてしまった。この年はリーグ優勝チームにしか出場枠がなかったはずで、全社優勝枠経由で地域決勝を狙う、とスタッフの方から聞いた。戸塚さんが監督となり、元サンガの富田選手や、韓国五輪代表候補だった崔選手を補強した。当時は、今ほど地域リーグの知識もなかったので、優勝すればいいんだ、くらいに思っていたが、長崎、北九州、町田などを破っての出場枠獲得はものすごいことだったらしいし、今ではいかに偉業かということがわかる。特に長崎や北九州戦は厳しくて、長身選手を擁し、ハイボールで挑んでくる相手に対して、崔選手がひたすら体をぶつけ、満身創痍になりながらもゴールを守り抜いた、と後で聞いたことがある。崔選手とはとある場で一度だけお話ししたことがあるが「ホント痛かったよー」とごつい肩をさすりながら、いい笑顔を見せてくれた。

 MIOを応援する気持ちは高まっていたが、仕事のこともあり、全社や地域決勝を見に行く、という発想はなかった。ただひたすらネットなどで情報を待つだけ。北九州に浦島選手のヘッドで勝ち、岡山には負け、決勝リーグでは3位だったものの、JFLの岐阜がJ2昇格を果たしたことで枠が空き、MIOも今にして思えば奇跡の昇格を成し遂げた。
 さあ、JFL。上はもうJ2。こうなれば一気に県内の機運も盛り上がり、1、2年では無理でもそう遠くないうちに滋賀にJチームが生まれるのでは。これは見届けておきたい。見届けておかねばなるまい。実質的な昇格要件などの知識がイマイチ浅かった私は、やや楽観的な気分で2008年のJFLシーズンを迎えることになった。=続く。
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蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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