W杯とMIO

 MIOの存在を初めて知ったのは、ドイツW杯を控えていた、4年前のちょうど今頃だった。佐川急便京都から草津に本拠地を移しFCMi-oと名乗って関西1部を戦っていた。滋賀にもJ目指すチームが出来たのか、と一度だけビッグレイクに足を運んだ記憶がある。中尾強化部長が選手兼任監督でCBをやっており、そのころの選手で今も残っているのは若林選手くらいだと思う。個々の選手はあまり記憶にないが、ひょっとすると東コーチも選手としていたのかもしれない。観戦したのが暑い日だったこともあり、とにかく暑い中でもよく走るチームだな、と思ったのを憶えている。地域リーグ観戦自体、初めてだったがどのチームも結構基本技術がしっかりしており、それなりに楽しめた。

 あれから4年、JFLの舞台に上がってやっているのは、大したものだ。地域リーグではバンディオンセに勝てなかったが、地域決勝では力を見せた。JFLに行けるとよいなと思っていたが、本当にやってしまうとは驚きだったのと同時に、昇格の知らせを聞いて本当に上がったんだ、と感動した。Jはまだまだはるか坂の上の雲の上だけれど、4年前からしたら、ぐっと距離は縮まっている。試合観ているだけのファンだが、4年前に観た選手達の努力で今のMIOがあると思うと、感慨深いものがある。次のブラジルW杯前には、どんなチームになっているのだろうか。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード