スポーツとお金


 話題の「事業仕分け」をめぐって先日、アマチュアスポーツ界のトップ選手達が会見し、予算削減の見直しを訴えているのを新聞で読んだ。近ごろ、五輪などを観るたびに思っていた「スポーツとお金(税金)」について、改めて考えるいい機会になった。
自分は小学校で水泳とサッカー、中高で陸上をしていたし、サッカーを中心にスポーツ観戦は好きだ。たまにプレーもするので、一応スポーツに理解のある側の人間なのだろう、と勝手に思っている。「トップ選手にお金を。強化費が足りない」といったことは自分が中学生くらいからずっと言われている。そのころは当たり前のように「もっと予算を出すべき、というかなんで出さないの」と憤っていた。トップクラスの選手は競技問わず、何不自由なく競技に打ち込めるのが当然、と思っていた。
しかし就職して税金を納めるようになると、少々見方が変わってきた。例えば、自分がサッカーやフットサルをする場合、当たり前だが費用は自己負担だ。コートの使用料、交通費、運動着程度だが、自分の楽しみ(私的行為)のためにやっているのだから、当然自分で出すべきものだ。ただ、「皆がスポーツを楽しむための環境(競技場や体育館)」の整備は、保健福祉、文化・生涯学習政策の観点から、公共性はある。当然自前で用意できるわけがないし、愛好家の集まりでつくるといっても意思の集合が難しいので、図書館などと同様に、適切な税金の投入はあって当然だと思っている。

さて、競技者、中でもトップクラスの選手の位置づけが難しい。「日本代表」として五輪などに参加する場合は「広い範囲の人々の楽しみに寄与する」という意味で公共性がある。ただ、その選手は自分で選んで、好きでその競技をやっている(誤解を恐れずに厳しい言い方をすれば、国民がその競技を「やってくれ」と頼んだり、強制したわけではない。またその競技に関心のない納税者もいる)。五輪などへの出場は私的な行為の延長上にある、ともいう解釈は充分成り立つと思う。
企業や競技によって得られる収益(入場料や広告費)、競技団体の収入(競技者の加盟費など)で強化費を補助する場合はなんの問題もないのだが「税金を使う」となると、やや話は変わってくる。マイナースポーツのカットでメジャー競技に集中、という意見もあるが体育政策の観点からしても、多様なスポーツに関するノウハウの蓄積は持っておくに越したことはない。マイナーとはいえトップ選手への税金投入は全く無駄ではないと思う。

競技を問わず、遠征費用や強化費について、補助はどれくらいの割合で成されるべきなのか。これはもうその時々の判断はあっても正解はない。「少ない補助で国際大会でメダルを期待するのはおかしい」という意見も、心情としてうなずける。だが納税側から「ならば出場しなければいいし、なにもあなた個人に出てくれと頼んだ憶えはない。そもそも国際大会にでてくれと頼んだ憶えもない。あなたが出たいからでるのだろう」という反論に対し、選手の立場で論理的に効果的な説得は思いつかない。
スポーツは文化芸術に近い(劣っているという意味ではなく、近いジャンルを探すと、ということ)位置づけをされるべきだが、他人の生活を犠牲するほどの聖域的価値をもつことはあり得ない。競技団体の役員だけでなく、選手も考えておくべき話だろう。日本画かつてのような経済大国の地位から転落し、生活苦の人が増えている中、もはや選手ですら「聖域」ではないのだ。実施して欲しくはないが、ある程度の削減はあってもやむを得ないとも思う。

酷評されがちな「仕分け」だが、結果の妥当性はともかく、これまで見過ごされがちだった「スポーツと公金」にスポットを当てただけでも、問題提起の意味はあったと思う。削減を懸念する声が噴出した会見だが「税金を使って競技をする意味を考えないと」という主旨の発言をしたのはフェンシングの太田選手。五輪前には競技の続行で苦労していたせいもあるのだろうが、依存的ではなく若いのに立派なものだと感心した。また、太田選手の発言がなければ、スポーツに関心のない層からは「単なるわがまま」と、とられかねなかっただろう。

現況ではたとえ政権が変わったとしても、税金による強化費補助が劇的に上向くことは期待できない。税金以外でも不況の中、企業や広告収益も厳しさの一途をたどっている。比較的安定的なのは各種基金や、Jリーグのtoto助成金だろうか(ほかのスポーツにまで配分するサッカー界は立派だ、というか国内ナンバー1スポーツのプロ野球界は何していたのかとさえ思う。「配分額が少ない」という競技団体もあると聞くが、少しは感謝してくれないか、とも思う)。まあ、当面はこの手の基金を充実させていくしかないのだろう。

 もう一つ、枝葉の論点ではあるが現実的には極めて重要な論点は「現在の補助の使い方」だ。五輪などへの「役員の過剰派遣」「役員の好待遇」「選手はエコノミーで役員はファースト」などよく聞く話だ。仕分けに反発する以前に競技団体は、施設面や各種傘下団体、も含めて運営を見直し、現金が現場や育成に行き渡るようにしないと意味がない。また国体のありかたも見直して財源の有効活用を図らないともったいない。

身近なところでは、いつも観戦しているMIOのように、働きながらサッカーに打ち込んでいる選手もいる。サッカーで報酬を得ているわけでもないのに、チームは「支えてくれる人たちに感謝。ふがいない試合をすればブーイングにさらされることは当たり前(実際に出たことはないと思うが)」という自己倫理をしっかり持ち合わせている。
スポーツにどこまで税金を出すべきか。結局あいまいな結論しか出ない。今後もMIOの選手達を観ながら考えていきたいテーマだ。

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蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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