ブログとnote

 MIOを応援し始めるようになり、はや10何年。ファンになると、MIOの情報をもっと知りたい、試合をはじめ世間でどう見られているのかを知りたい、と思うのが人情だが、JFLのチームなのでネットでも話題にする人は決して多くなかった(今も多いとは言いがたいかも)。なら自分の試合観戦の記憶保存も兼ねてとりあえずやってみようと、9年ほど前に始めてみた。それまでブログなどしたこともなく、面倒がりで苦手なほうなので、検索で「MIOびわこ」と引っかかった時に出てくる表示が少しでも増えれば、程度の気持ちで気持ちで、目に付いた無料ブログサービスを使い「暫定的にやってみる」ことにした。
 長年やってきて特に不満はないけれども、最近noteの存在を知り、行間などが読みやすく感じたのと、写真のアップなどがより手軽な印象なので使ってみることにした。noteは本来クリエイターさんの使用を想定しているようで、クリエイターではない私が使うのは本義にもとるのかもしれないが、そこはご勘弁を。
 これまで通りサッカーやスポーツ全般、読書についても好き勝手に綴っていきたいが、とにかくMIOびわこ滋賀というチームがあって、応援している人がいるんだな、と思ってもらえればそれで充分。手間だけのことなので、現在のブログにも同じものを掲載しようと思うが、特に意味があることでもないし、面倒ならば閉鎖してどちらかだけにするかもしれない。わざわざ書くようなことでもないけれど、ありがたいことに、時々読んでいただける方もいらっしゃるようなのでお伝えまで。
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報奨金に思う

 先日、東京マラソンで設楽選手が日本記録を更新し、報奨金1億円を獲得した。タイム競技に関しては、勝負よりも記録重視派なので設楽選手のタイムは相当な快挙と受け取っているし、閉塞が続く日本長距離界の突破口になってくれると思う。1億という額は、実業団連合が長らくの低迷を破るべく設定したそうで、役割を果たしたといえよう。
 金額に関してはネットなどでも色々と意見があった。「世界レベルのタイムでないのに高すぎ」「秒単位の細かい更新狙いが続いたらどうするのか」など、それぞれになるほどといえる。
 ただ、タイミングがいいのか悪いのか、東京マラソンがメダルラッシュにわいた冬季五輪閉会日と重なったため頻出したと思われる「メダリストの報奨金に比べ高すぎる」という意見には、まったく賛同できない。そもそもメダリストへの報奨金と設楽選手への報奨金は出所が違う。マラソンへの報奨金は金額はあくまで出す側である実業団連合が決めればいいことで「メダリストより低くしなければ」と考える義務など全くない。メダル報奨金はJOCのはずで、設定金額を高くしてほしければ「マラソン日本記録で1億なのだから、金メダルならもっとだして」とJOCにいうのが筋合いで、設楽選手がどうこう言われるのは(本人は気にしてないと思うが)気の毒で仕方ない。
 
 こういう無茶な比較がまかり通る背景には、何度か書いてきたがやはり「五輪至上・絶対主義」があると考える。競技種目問わず五輪のメダルがすべて、それに優越する価値はない、というようなものだ。もちろん五輪メダルの価値は大。どれだけ称揚されてもよいのだが、その際に「そうでないものを貶め」がちなのは見過ごせない。メダルの価値は認めつつも競技人口が世界的に多く競争率の激しい花形競技の入賞と、そうでない競技のメダルのどちらが価値があるのか。これは人によるが、自分はどちらかと言えば前者に傾く。
 さらに成果に対しての金銭支援は重要だが、そもそもその競技が自力で「稼げるようになる」こともまた不可欠だ。競技者の数が多く、人気も高いマラソンにはその土壌があって、冬スポーツはまだ薄い。スケートで日本電産の永守氏が4000万円という破格の報奨金を出したが、永守氏の厚意によるところが大で「土壌」とは言いがたい。
 その中でもスノボなどはXゲームで独自に稼げる土壌を生み出している。決して競技人口が多くないフィギュアも、選手の実力をベースにした上手なショーアップ精神でがっちりとファンをつかんでいる。
 冬季のメダリストに報いたければ、会場に足を運んでお金を落とす、人気を上げて、選手たちの待遇改善に繋げることこそ重要なはずで、他競技の収入に文句を付けることではないはずだ。
 メダルを取ったときにだけ「報いろ」の声を上げるのは、結局4年に1回のメダルでしかその競技や選手の価値を判断できていないのだ。日頃の土壌、「選手が過ごす日常」を大切にする文化こそが、結局はメダル輩出に繋がっていくのだと思う。そのことは、当の選手が一番よく分かっているのではないか。カーリングの選手たちの言動からは、その認識がうかがえる。他競技を貶めるひいきの引き倒しでは、選手も報われない。変わったほうがいいのは受け手の側だろう。

「100冊」と「1冊」と

 「100冊読んだ自慢より、1冊しか読んでなくても、その作品について魅力的に語れる人のほうが素晴らしい」という趣旨の投稿をネットなどで目にする機会が多い。ネット閲覧は自分が関心あるジャンルに引っかかってくるから、映画やサッカーでも同類の書き込みなどを見ることがある。
 あくまで例え話であり、仮定であろう。そして、なるほど、そうかもなあ、そうだろうなあとも思う。楽しみ方や理解は人それぞれ。他人がどうこういうことではない。
 それでも、この類いの言葉を目にする度にどうしようもなく違和感を覚えてしまうのは、自分がどちらかと言えば「100冊読んだ」側、あるいはそちらを志向しているから、だ。学生時代を中心に、若い頃は年数百冊読み、映画も100本超見た年も数年はある。友人らに「あれ読んでないの、観てないの」と言われれば競争心のようなものを抱いて読み漁り、鑑賞した。作品解説などで、影響を与えた他作が紹介されれば、それも読み、鑑賞するようにした。異常なまでの多読、博覧強記の先輩を憧れとしていた(いる)し、友人には「あいつより読もう」という気持ちがあった。
 もちろん、本や映画そのものが好きだからやっていたし、やれていたし、楽しかったのだが「とにかく読みまくって、映画を観まくれば、ひとかどの人間になれるんじゃないか」という青臭い願望があったのは間違いない。今でも「年何百冊読んだ、年何百本観た」という人には、反射的に敬意を持つところがある。やはり「100冊読んだ」志向の人間だろう。
 そういった時期を経た上で「100冊自慢より1冊」には頷くところは多い。100冊だろうが1冊だろうが、受ける感動や印象に優劣などない。自分は読書好きだから超多読者に敬意は払うが、そうでない人にとっては関係のない話。冊数をこなしたから人格が磨かれるわけでもなく、人として優れているわけでもなんでもない。偉そうに蘊蓄をたれるよりは、好きな1冊を愛情込めて語るありようの方が魅力的なのは確かである。

 だが、それでもなお消えない違和感は「1冊だけでその作品の魅力が語り尽くされる、知り尽くされるものなのだろうか」という点にある。同じテーマを扱った他作品と比較したり、源流をなす作品をも知ることで、その作品の成り立ちなり特性がより浮き彫りになり、魅力が増したり、あるいは減じたりすることは間違いなくある。「そんなことを知らなくても楽しめる」のも間違いないし、それはそれでよいのだが、私の感覚では「他作を知る」課程を経た者に対して「自分の方が分かっている、楽しめている」とは胸を張っていえない。
 天才的な感性を有する人ならばともかく、多くの場合、魅力的に語れる人は、たいてい多く読んでいるものだ。上述の理由で「魅力的に語る」には、やはり一定の鑑識眼が要りようだし、それはある程度の「量」がないと磨かれない。私は何千冊読んでも鑑識眼、審美眼らしきものはいっこうに磨かれないが、それでも一定の軸のようなものは形作られている(これに対する懐疑がないとそれも危険だが)。どんなジャンルでも、ある程度当てはまることだと思う。
 
 1冊だろうが楽しめばいいし、大いに語ればいい。語ってほしい。ただ「自分の感覚を絶対視」することで、視野狭窄になる危険性と隣り合わせであるのは事実である。感性重視で「楽しければいい」ことに異議はないが、一定の知識なり、積み上げを軽視することはまた別の話だ。感性の鋭い人はともかく、私は愚鈍な頭脳と感性を嘆きつつ、懐疑のまなざしを向けつつ、もちろん楽しく読むながら「100冊志向」も大事にしていきたい。
 
 

  

700回で振り返り

 昨日の投稿でエントリー数が699になっていたのに気づいた。今回で700。先日の濱田選手の100試合出場と違い、この700という数字にはなんの意味もないの(当たり前)だが、単純にきりがいいので、これまでの投稿を振り返ってみたい。

 そもそもは、MIOに関して個人の記憶を残しておくのと、ネット上の賑わいに寄与できればと2009年にスタート。チーム名変更などに伴い、途中で現在のタイトルに修正した。本のことももう少し書きたいのだけれど、近年はほとんどがMIOの記事で占められている。全体でも600回くらいはMIOを扱っているはず。日記に書いておけばいい話ではあるが、ブログも日記みたいなものなのでいいだろう、と。根気がない自分にしてはよく続いている。自分にとってMIOがそれだけ「書いておきたい」存在ということなのだろう。
 
 MIOの観戦感想が大半を占めるが、サッカーの戦術に詳しくないので、あくまで一ファンの目にMIOの試合や選手の動きがどう映ったか、を主眼にしている。自分が受けた感想はしょせん感想であって、試合分析として正しい、とは、もちろん全く思っていない。詳しい人や選手、チーム関係者から見れば、間違いだらけかと思うが、そこは「素人さんにはこう見えてしまうんだなあ」ということで、ご容赦いただきたい。投稿した後で、選手インタビュー動画を拝見して「そうだったのか」と勉強させられることばかりだが、応援中、終了直後のストレートな心情を残しておくことにも意味があると思っているので、基本的に後からの訂正は誤字脱字を除いてしないようにしている(訂正しきれてない誤字脱字は多いが)。
 勝った時はともかく、負けが込んだときは書いていて気分が暗くなるし、選手やチーム関係者が一番頑張っていて辛くて現状を理解していることは分かっているつもりなので、愚痴めいたことはあまり書かないようにしている。しかし、素直な心情を残しておきたい思いもあり、そのあたりはどうしたものか、と毎回感情と折り合いをつけながらキーボードに向かっている。

 基本ホームしか行けていないので、アウエーや試合のない時は書くことがあまりなく、2011年あたりからは、更新頻度がやや低下した。別に多く更新したからといって何があるわけでもないのだが、あまりに間隔が長いと、投稿する際にエネルギーを要するので、選手のプレーの感想や、MIOを取り巻く環境などをテーマにして、なるべく間があかないように心掛けている。今年は初心にかえってなるべく頻度を上げたいな、と思っている。更新し続けて何があるわけでもないけれど、自己満足と区切りで1000回まではなんとかたどり着きたい。そのころにはJFL優勝争い!天皇杯でJ撃破!J入りが視野!といったことを取り上げられるように願っている。

VSソニー仙台

 1-0でまた久々の勝利

   木下斎藤
尾形      谷本
   吉岡濱岡
二戸吉崎石間濱田
    桑水流

  CBに吉崎選手が入るのにやや驚いてスタート。開始直後から谷本選手、斎藤選手が絶好機をつくるが惜しくも決まらない。するとソニーが得意のパスワークとサイドへの展開を始めて中盤を制圧、中村選手あたりがライン裏に抜けてくる動きで押し返す。MIOはCB陣が鋭い出足で対抗、奪うとサイドへカウンターを試みるがなかなかうまくはいなかい。そうこうするうちにセットプレーなどから決定機を許すが桑水流選手の好守で事なきを得て前半を終える。

 後半もソニーペースだがMIOもソニーの攻撃陣に食らいつき、決してフリーにさせず、シュートコースをふさぎ続ける。時間の経過とともに中盤があいて少しずつ攻撃のスペースができ始め、濱岡選手が前を向いてボールをはたき、PA前に顔を出すシーンも出てきた。とはいえ、ロングボールに走り続けた木下、斎藤選手に疲れが見え始め、有効な攻撃には持ち込めない。よくてドローか、と思われた後半30分ごろ、PA前に顔を出してきた濱岡選手あたりが絡んだ細かいパス回しが相手ゴール正面で炸裂し、斎藤選手が右足できっちり決めて先制した。その後のソニーの攻勢も交代で入った岸田選手らがうまく時間を使い、きっちりと締めくくった。

 ほとんど押し込まれてはいたが、耐える時間をしっかり耐え、勝利に値する試合だった。また斎藤選手の得点に至る経過は09年のチームを見ているかのようで、このあたり濱岡選手の効果だろう。後半にPA前に出られるようになってから何度か超絶技巧を見せてもらい、さすが濱岡選手、やっぱりこの位置が本領やなと思った。もちろん勝利には桑水流選手のいつもながらの好守、CB陣のしぶとい守りが欠かせなかったが、個人的に今日の試合は谷本選手が印象に残った。スリムな見た目と高い技術であまり泥臭い感じはしなかったが、今日は守備でもきっちり相手のサイドにくっついて自由にさせなかったし、パスを散らすイメージが強かった攻撃でも、その高い技術をライン突破に生かして走り込むというこれまでと違う姿を見せてくれたように思う。決定機こそはずしたが非常に素晴らしい出来だったと感じた。

 今日の勝利は、点を取った時間帯、大勢のお客さんもあってよかったころのチームを思い出させてくれた。どきどきはらはらしながら、素晴らしいゴールでスタジアムが歓喜する瞬間はサッカーの醍醐味といえる。今日来場してくれたお子さんや保護者、ライオンズなどの方々には十分楽しんでもらえたのではないか。ゴールの瞬間、観客席に一斉に両手が上がった瞬間は少し泣きそうだった。「やっぱりMIOはこれだけの人たちを魅了できるチームなんや」と。
 布引の今季最終戦だったが、やはり東近江は市をはじめ、いろいろと温かいなあ。市長のあいさつも結構熱があってよかったと思う。今日はライオンズさんだったが、各種団体の青少年育成事業なり、健康推進事業、地域振興事業と試合をうまくかませることができれば、地域貢献にもなるし観客増にもなる。MIOを各種団体の事業のツールとして活用してもらえるような提案をしていってもいいのかもしれない。あれだけ大勢のお子さんたちがあのピッチで選手とボールを楽しそうに追いかける光景はなかなか作り出せるものではない。Jの理念の原点といってもいいだろう。もちろん市やライオンズさんのおかげではあるが、十分Jを目指す、というに値する一日だった。
プロフィール

蹴球四十雀

Author:蹴球四十雀
滋賀のサッカーJFLチーム「MIOびわこ滋賀」を心の底から応援しつつ、たまにフットサルで息を切らす。一方、書斎での濫読(純文ラノベ歴史ノンフィクション)や琵琶湖周辺の野山歩きもこたえられません!

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